野村吉三郎駐米大使と日本人コミュニティと共に写る村瀬九郎

Year: 1941

1941年3月3日に日本クラブで撮影されたこの写真は、ニューヨーク日本人会が主催する野村吉三郎氏の歓迎会で撮られたものと思われる。野村を中心に、村瀬九郎氏(左から2番目)をはじめ、日本銀行、三菱商事、大成建設(現大成建設)、浅野物産(丸紅)、真珠会社のミキモトなどの著名人が並んでいる。写真は、当時ニューヨークで日系アメリカ人向けに発行された新聞「日系アメリカ人レビュー」のページにも掲載された。 1941年2月11日に駐米大使に任命された野村吉三郎氏は、両国間の戦争を回避するために、当時の米国務長官であるコーデル・ハルとの交渉を任された。この写真は、ワシントンD.C.に到着してから1か月後に撮影され、さらに5日後、ハルとの最初の会話を待った。真珠湾攻撃まで続いた数多くの会議の始まりだった。 なお、村瀬二郎の父である村瀬九郎は、1911年にニューヨークに移住し、日系アメリカ人としての村瀬家の生活を始めた。村瀬九郎は、1935年9月25日に竹下提督のために開催された歓迎会など、当時の重要なイベントに参加していたことから、日本コミュニティの著名人だった。

出典: 村瀬二郎氏所蔵
Added Date: 03/15/2021