ISSEI

日系一世ニューヨーカーの肖像

ニューヨークの日本人コミュニティの形成に深く関わりながらも、長く見過ごされてきた第一世代の日本人移民たちの姿をとらえた肖像写真は、1980年、日本人写真家・井上“トラ”博行 によって制作された。この貴重な作品群の大部分が、およそ45年を経て、いま、このデジタル展示において一堂に紹介される。

1980年、ニューヨーク日系人会(JAA)で開催されたオリジナルのISSEI展にて。左:井上“トラ”ヒロユキ、右:斉藤央火。

井上は2024年にこの世を去り、これらの肖像写真に写る人々の多くは、いまだ名前が特定されていないままである。本デジタル展では、写真作品とインタビューの聞き取りノートをオンラインで公開し、家族、子孫、コミュニティの人々、研究者、そして一般の方々に継続的な参加を呼びかけている。顔を名前へ、声へ、記憶へと結びつけ、この歴史を後世へ伝えていくことを目的としている。

オリジナルのISSEIプロジェクトは、井上と、聞き取り、調査、プロジェクト運営を担った斉藤央火との協働によって生まれた。二人が残そうとしたのは、記憶から消えつつあった世代の「生きた表情」と「貴重な人生の記録」であった。

ISSEIオリジナル・プロジェクトの記録によれば、当時ニューヨーク州とその周辺地域に暮らしていた、1924年以前に渡米した戦前移民世代の一世は、わずか100人から150人ほどと考えられていた。

井上は1年以上をかけて彼らの家を訪ね、記憶に耳を傾けた。そして、およそ60人に会い、撮影することができた。

井上が撮影した人々の多くは、1924年の移民法によって日本からの移民が厳しく制限される以前に、アメリカへ渡ってきた人々だった。

異国の都市で働き、生き延びた経験。1929年以降の大恐慌。1941年の真珠湾攻撃。第二次世界大戦中の疑いと家族の離散。そして1945年以降の、日本人・日系アメリカ人コミュニティの再建。写真には、初期の日本人移民の人生の記憶が、人々の顔に刻まれていた。

これらは、抽象的な歴史上の出来事ではない。1970年代後半から1980年代初頭にかけて、1924年以前に渡米した一世の世代は、急速に姿を消しつつあった。同じ頃、日系アメリカ人社会では、戦時中の強制収容に対する謝罪と補償を求める運動が全国的な広がりを見せ、やがて1988年の市民自由法へとつながっていく。

ISSEIは、著名な指導者や有名人だけを取り上げるものではなかった。肉体労働者、未亡人、家事労働者、レストラン経営者、芸術家、医師、牧師、親、隣人、友人たち。そこに写されているのは、ニューヨークで長年生きた人々である。

そこに写る人々の人生は、歴史が公的な功績だけによって成り立つものではないことを思い起こさせる。耐え、適応し、互いに支え合い、ニューヨークにおける日本人・日系アメリカ人の生活を築いてきた、一人ひとりの存在の積み重ねもまた、歴史なのである。

井上は、年齢と経験が刻まれた顔に深く惹かれていた。そこに井上が見たのは、木の年輪のように重なった時間である。苦労、労働、尊厳、ユーモア、そして生き抜く力。静かに積み重ねられた人生の層が、その顔に宿っていた。困難で、時に孤独な人生を経た老年期にあっても、井上の目には、その人々の多くが生き生きとし、生命力に満ちた存在として映っていた。

これらの肖像写真は、1980年にニューヨーク日系人会で初めて展示された。その後、在ニューヨーク日本国総領事館広報センター、日本クラブ・ギャラリー、そして東京のニコンサロン銀座でも紹介された。

写真、聞き取り、そして公開展示を通じて、井上と斉藤は世代をつなぐ橋を築いた。若い世代の鑑賞者に促したのは、一世を遠い過去の人物として見ることではなく、ニューヨークで、豊かで複雑で、深く人間的な人生を生きた一人ひとりとして見つめることだった。

今日、井上と斉藤が記録しようとした一世の世代は、もはや自らの言葉でこれらの物語を語ることはできない。肖像写真に結びついていた名前や物語の一部も、時の流れの中で失われている。このデジタル展は、それらを再びつなぎ直す試みである。

ニューヨーク日本人歴史デジタルミュージアムは、ニューヨーク日系人会(JAA)との協働のもと、デジタル・プラットフォームを用いて、井上と斉藤の当初の使命を受け継いでいく。ニューヨークの一世の顔、声、そして人生の物語を保存し、今日のコミュニティの中に生き生きとよみがえらせること。そのための試みである。これらの肖像写真とインタビューをオンラインで共有することにより、写真を名前へ、名前を物語へ、そして物語を家族、子孫、研究者、コミュニティの記憶へと再び結びつけていきたいと願っている。

AKITA, Fukumatsu
AKIYAMA, Hiroshi
AKIYAMA, Kameno
EZAKI, Minozo
EZOE, Mikitaro
HAMAGUCHI, Suekichi
HASEGAWA, Tomoya
HASHIMOTO, Kinnosuke
HATA, Shizuo
HIROMURA, Seki
IKEDA, Atsue
INOUE, Asano
ITO, Itsuma
IWAMOTO, Kinichi
KAGEYAMA, Umeyo
KAKU, Shizuko
KISHI, Komataro
KODAMA, Kō
KOIZUMI, Mrs.
MAEDA, Shigeo
MAKINO, Shino
MAKITA, Tamano
MATSUKUMA, Mitsuko
MATSUMOTO, Masao and Shizuko
MATSUMOTO, Tamahei
MURAYAMA, Mrs.
NARITA, Masaaki
NISHI, Mitsumori
OKAMURA, Masao (Frank)
OKUBO, Tome
OMURA, Bunji
ONODERA, Umeji
OTANI, Isako
SADA, Suekichi
SATO, Gentaro
SHIBATA, Iwagoro
SHIMIZU, Tsuyako
SHIOTANI, Tatsuji
SUZUE, Ume
SUZUKI, Akiko
TASAKA, Mura
UEHARA, Eiji
YAMADA, Makie
YAMAMOTO, Tokitaro
YAMAZAKI, Suzue
YOKOYAMA, Kosuke
AKITA, Fukumatsu
AKIYAMA, Hiroshi
AKIYAMA, Kameno
EZAKI, Minozo
EZOE, Mikitaro
HAMAGUCHI, Suekichi
HASEGAWA, Tomoya
HASHIMOTO, Kinnosuke
HATA, Shizuo
HIROMURA, Seki
IKEDA, Atsue
INOUE, Asano
ITO, Itsuma
IWAMOTO, Kinichi
KAGEYAMA, Umeyo
KAKU, Shizuko
KISHI, Komataro
KODAMA, Kō
KOIZUMI, Mrs.
MAEDA, Shigeo
MAKINO, Shino
MAKITA, Tamano
MATSUKUMA, Mitsuko
MATSUMOTO, Masao and Shizuko
MATSUMOTO, Tamahei
MURAYAMA, Mrs.
NARITA, Masaaki
NISHI, Mitsumori
OKAMURA, Masao (Frank)
OKUBO, Tome
OMURA, Bunji
ONODERA, Umeji
OTANI, Isako
SADA, Suekichi
SATO, Gentaro
SHIBATA, Iwagoro
SHIMIZU, Tsuyako
SHIOTANI, Tatsuji
SUZUE, Ume
SUZUKI, Akiko
TASAKA, Mura
UEHARA, Eiji
YAMADA, Makie
YAMAMOTO, Tokitaro
YAMAZAKI, Suzue
YOKOYAMA, Kosuke
井上千恵。1980年、ニューヨーク日系人会(JAA)で開催されたオリジナルのISSEI展にて。

1980年、ニューヨーク。井上 “トラ”博行 は、ファッション、広告、商業写真の分野で、着実に仕事を広げていた30代前半の若手日本人写真家であった。その作品は『Vogue』などの主要ファッション誌に掲載され、広告代理店のキャンペーンにも起用された。

その一方で、井上は、芸術的観点から、深く個人的な被写体、ニューヨークで最も古く、しかし長く見過ごされてきたコミュニティの一つ、第一世代の日本人移民にカメラを向けたのである。井上にとって、肖像写真とは、単に外見を写すものではなかった。

40年以上を経て、この意志は、アーティストでありJAAアーカイブ・ボランティアでもある竹田あけみの尽力によって、再びつながれることとなった。竹田は、のちに井上博行と結婚する井上千恵を、ニューヨーク時代から知っていた。数十年後、古いアルバム、会話、そして井上千恵と風戸重利が共有した記憶や思い出を通じて、竹田は再びISSEIの資料に出会い、それがニューヨークの日本人・日系アメリカ人コミュニティの歴史にとって重要な資料であることに気づいた。

2024年、井上は突然この世を去った。その後、井上千恵は、彼の生涯にわたる仕事に改めて光を当てる役割を果たす。千恵は、2025年の春、東京で『井上博行・回顧展「写真の神様に愛された『TORA』の世界」』を主催した。この展覧会には、風戸重利も企画の段階から関わっていた。

ISSEIコレクションは、その後、井上千恵からニューヨーク日系人会(JAA)へ寄贈された。JAAは、1980年にオリジナルのISSEI展が初めて開催された場所でもある。ニューヨークでは、竹田が、記憶をたどり、調査を進め、コレクションをコミュニティと再び結びつけていった。

JAA事務局長・野田美知代のもと、これらの肖像写真はJAAアーカイブと日系人会の長い歴史の中に再び位置づけられた。JAAの主催で、「井上博之:ISSEIニューヨークの日系一世」が、2025年11月、日系人会ホールで再び公開された。

井上と斉藤による、一世の世代を記録しようとする切実な試みは、井上千恵の記憶、風戸の支え、竹田の尽力、野田の導き、そしてJAAの組織的な支援を通じて、肖像写真に写る人々を特定し、その物語を公共の記憶へと戻していく、コミュニティによる新たな取り組みとなった。

Acknowledgments

Original ISSEI Project
Photography: Hiroyuki Inoue
Interviews, Research, and Project Organization: Teruho Saito

Original Exhibition Venues
The Japanese American Association of New York, Inc.
Japan Information Center, Consulate General of Japan in New York
Nippon Club Gallery, New York
Nikon Salon Ginza, Tokyo

The Japanese American Association of New York Archive and Collection
Research and Cataloging: Akemi Takeda
Archival Supervision: Michiyo Noda
Identification and Archival Research Support: Eiko Aono
Transcription of Interview Materials: Takuto Nonaka, Yasuko Nakanishi

Collection Preservation and 2025 Reinstallation at JAA Hall
Collection Memory and Materials: Chie Inoue
2025 JAA Exhibition Reinstallation Support: The Family of Shigetoshi Kazato
English Translation Review: Sumi Nakazato

Digitization and Digital Exhibit Production
Digital Photography and Editing: Masao Katagami
Project Management and Digital Humanities Supervision: Mac Gill
Curatorial Research, Writing, and Art Direction: Yuka Yokoyama
IIIF / Platform Support: Anna Johansson, Magnificent H

Funding Support
Society of American Archivists, Foundation Opportunity Grant