ニューヨーク万博の日本館 1939–40 / 1964–65
万国博覧会は、各国が世界に向けて自国の姿を伝えるための大きな舞台であり、
建築はそのイメージを形づくるうえで、つねに重要な役割を担ってきた。
1939–40年と1964–65年に開催されたニューヨーク万国博覧会における日本の参加は、しばしば比較されるが、その共通点は見た目ほど多くはない。どちらもフラッシング・メドウズという同じ場所で開かれたものの、置かれていた歴史的状況は大きく異なっていた。そのあいだに、日本は戦争、敗戦、占領を経験し、社会と経済は大きく変化している。こうした変化は、日本が海外に向けて自らをどのように示そうとしたのか、そしてその表現において建築に何が求められたのかに、はっきりと反映されている。
1939年の日本館では、建築は主に国家を代表する手段として用いられていた。歴史的な様式を取り入れた姿は、国際的な緊張が高まる時代の中で、連続性や伝統、正統性を示そうとするものであった。一方、1964年の万博では、国際的モダニズムの教育を受けた戦後世代の建築家たちが、都市や環境、社会的責任といった問題意識を背景に設計に取り組んでいる。この時代の建築は、単一のメッセージを語るというよりも、見せることと抑えること、商業性と批評性、国家的演出と建築としての表現とのあいだで揺れ動く、多様な試みの集積であった。
このように見ると、二つの博覧会の違いは、様式や象徴の変化にとどまらず、日本と世界との関係、そしてその中で建築が果たす役割そのものが、より深いレベルで変わってきたことを映し出している。
本展 『展示するジャパン: ニューヨーク万博の日本館 1939–40 / 1964–65』 は、ニューヨーク日本人歴史デジタルミュージアム(DMHJNY)の学芸チーム、横山由香とマック・ギルが企画・キュレーションを担当し、『Exhibitionist Japan: The Spectacle of Modern Development』(Cambridge University Press, 2025)の著者、アンガス・ロックヤー先生の助言を得て制作されました。
本展の展示エッセイには、アンガス・ロックヤー先生による二つの主要な歴史論考 「ニューヨークの中の日本 1939–1940」および 「ニューヨークの中の日本 1964–1965」がおさめられています。これらはいずれも、「序章/都市と博覧会/博覧会における日本/ニューヨークの中の日本」という構成に基づいています。 また、横山由香による「序文 二つの日本館の物語」と「後書き 博覧会のあとに」が添えられています。
DMHJNYの展示および公開講座プログラムは、米日財団、1970年日本万国博覧会記念基金(JEC Fund)、SMBCグローバル財団の支援のもとで実施されています。また、本展の調査およびアーカイブ資料は、日米協会(JAANY)、ニューヨーク公共図書館(NYPL)、クイーンズ・ミュージアム、前川國男建築設計事務所、東京大学建築アーカイブ内田祥三コレクション、文化庁国立近現代建築資料館他より提供されています。
本プロジェクトは、松隈洋先生(神奈川大学教授・京都工芸繊維大学名誉教授)、橋本功様(前川建築設計事務所 ディレクター)、夫馬信一様(ノンフィクションライター・編集者/夫馬ワークショップ)による建築的監修を受けています。
本プロジェクトに関して助言をくださり、専門家をご紹介いただいた、ケン・タダシ・オオシマ先生(ワシントン大学建築学部教授)にも、心より感謝申し上げます。さらに、本展のウェブサイト制作および三次元モデルの制作にご尽力いただいたTOPPANチームの皆様に、深く御礼申し上げます。
DMHJNYは、アーカイブ資料や貴重な記録をご提供くださった、野田美知代様(JAANY事務局長)、竹田あけみ様、青野栄子様(JAANYアーカイブ・ボランティア)の各氏に、深く感謝いたします。 また、DMHJNY展示委員会の本間俊一、スーザン・J・オヌマ、若林晴子、キルステン・ジオメック、レーン・ウォーカーにも、心より御礼申し上げます。