臼井文平(1898–1994)は、ニューヨークを拠点に活動した日本生まれの画家・額縁製作者である。1898年に長野県で生まれ、1921年に渡米し、ニューヨークで生活と活動の基盤を築いた。スミソニアン・アメリカ美術館の記録では、ニューヨーク州ウッドストックでも活動していたとされる。
臼井は、絵画制作と額縁製作の両方を通じて、ニューヨークの美術界との関わりを深めた。額縁製作の仕事を通じて、同時代の多くの主要な画家たちと交流した。また、国吉康雄、イサム・ノグチ、保忠蔵らを含むニューヨークの日本人芸術家たちのグループに加わっていた。臼井と国吉は生涯にわたる友人となり、仕事と私生活の両面で互いを支え合った。
臼井が1930年に制作した《アトリエの国吉康雄の肖像》は、国吉の制作環境を伝えるとともに、二人の友情を記録した作品でもある。スミソニアン・アメリカ美術館は、この作品をアジア系アメリカ美術を代表する所蔵作品の一つとして紹介している。1938年の《ダリア》は、ニューヨーク市における公共事業促進局(WPA)の連邦美術計画との関係のもとで制作された。これらの作品は、肖像画から静物画に至る臼井の表現の幅を示している。
臼井は、都市における労働や日常生活を主題とした作品も制作した。1925年に完成し、現在はメトロポリタン美術館に所蔵される《家具工場》には、家具製作の道具や機械に囲まれて働く人々が描かれている。独特の遠近法、圧縮された空間構成、躍動感のある画面は、木工に関する臼井の知識と、画家としての造形的な試みを反映している。
臼井は生前、画家として一定の評価を得ていたが、職業生活の多くを、成功を収めた額縁製作の仕事に費やした。また、公的な活動においても、国吉ほど芸術家団体の指導的役割や戦時下の政治活動と密接に結びついてはいなかった。その後、臼井の名声は次第に目立たなくなったが、この状況は、1960年以前に活動したアジア系アメリカ人芸術家たちが、主要美術館のコレクションや美術史研究において十分に取り上げられてこなかったという、より広い問題を映し出している。
近年、美術館による調査と紹介を通じて、臼井の作品は再び注目を集めている。メトロポリタン美術館は2014年に《家具工場》を収蔵し、スミソニアン・アメリカ美術館は《アトリエの国吉康雄の肖像》をアジア系アメリカ美術史における重要な作品として紹介している。これらの作品を通じて、臼井は戦前のニューヨークにおける芸術的・社会的ネットワークを支えた重要な担い手の一人として位置づけられる。
参考文献